母の誕生日

母の誕生日なのに何も用意してなかった。

とりあえずケーキでも買いに行くか、と思って一歩家を出たら、背の高い白人男性がいくつもの小さくて可愛らしいカップケーキと何種類ものジュースを携えて、「もう準備は整っているよ」とわたしに声をかけ、入れ違いに家に入った。

じゃあケーキはいらないのか、と少しばかり残念に思ったものの、なんとなく自販機で自分のコーヒーでも買おうと思い、もう少し歩くことにした。自販機はすぐに見つかり、100円玉を入れたところで携帯に電話が来た。母からだった。「もうみんな集まっているし料理も出来ているから早く帰ってきなさい。あなた一体どこに居るの?」と聞かれたので、「近くにちょっと出ただけなので、すぐ帰ります」と答えて電話を切った。

気付くとわたしは駅に居た。まだ発車していない電車に乗っていた。そうだ隣町までケーキを買いに行くところなのだと思い出したが、考えてみればケーキはあの白人男性が買っていたし、すぐに帰ると電話で言ってしまった。早く帰らなくてはと思って下車しようとすると電車のドアが閉まってしまった。

次の駅で降りて引き返すとなると時間をだいぶロスすることになるなと頭を抱えていると、電車だったはずのわたしの乗り物が船になった。デッキは高さがまったく無く、道路と地続きなので一歩踏み出せばすぐ降りれそうだったので、踏み出してみると船はホバークラフトの最高速度と同レベルの速度で発車、いや出航し、あれよあれよと道路から引き離されてしまい、わたしの脱出計画は失敗した。

しかたなく船に乗っていると、どこかの有名らしい寺に着いた。隣町に行きたかっただけなのに、考えてみれば行く用も別になくなっていたのに、なぜかハトバスまがいの観光船に乗ってしまっていたようだ。これからいくつもの有名観光スポットを回るんだよ、楽しいだろ?と、案内人のアシュトン・カッチャーが言った。

もともと観光そのものが大嫌いなわたしは、なんてことになってしまったんだと項垂れたが、案内人のアシュトン・カッチャーは綺麗な顔だし、話していて楽しかったので、次第にわたしは早く家に帰らなくてはいけないことを忘れてしまった。どこかのレジャーランドにたどり着き、子供ばかりの行列に並んでいる間、行列に並ぶことが心底嫌いなわたしが、アシュトン・カッチャーと話していることがとても楽しかったので時間を忘れてしまった。

気付くと家に帰っていた。たくさんの人が集まっていた。黒人女性が皿を洗いながら、「みんなあなたを待っていたのよ」と非難するような目でわたしを見て言った。観光船で時間をだいぶ費やしたと思っていたが、家を出てから2時間くらいしか経っていなかったようだ。それでもパーティーは終わっていた。

母はわたしが居なかったことを少しばかり責めたあと、「これから飲みに行くの。あなたも行くのよ」と言った。今から飲みに行くと朝になるのがなぜか分かったので、「明日仕事なので無理です」と言ったが、母はわたしの言うことをまったく聞いてくれず、バースディパーティーに居なかったという弱みがあるわたしは強く断れなかった。

気付くと会社に居た。昨日飲みに行ったはずなのに普通に働いていた。あまり飲まなかったのかもしれない。いつもと違って人が少なかったので、率先して電話に出ていた。というかわたしはどうも電話に出る以外の仕事をしていないようだ。また電話が鳴ったので出ると、どうも会社の経営に関わる混み入った話らしいので、本日は社長も部長も外出しておりますので明日にしていただけませんか、とわたしが答えると、「じゃああなたは誰なんですか?」と聞かれた。わたしはそれが哲学的な質問に思えて、どうしても答えられなかった。

というところで目が覚めた。母に外人の友達は居ないし、家族以外とバースディパーティーなんか一度もしたことがない。